『夜薫る』
ルキアの薫りがした。
あの短い一時が、戒めていた感覚をあっさりと狂わせる。
自分がいかに渇き切っているかを思い知らされ、恋次は長椅子の上で苦笑した。
右袖の死覇装が薫るのはルキアを抱き上げたからだ。
普段ならきっとこんな僅かな痕跡に気付くことはないだろう。
二人がこれだけ長く離れたことは再会後無かった。
そうなって改めて思う、自分がどれだけルキアを欲しているかを。
見回りを終えて隊舎に戻ってから数刻が経った。
次の巡回までは仮眠の為の時間となっている。
横になり躯を休めながらも、恋次は思案を巡らせていた。
帰って寝ろと言ったが、あいつは大人しく言うことを聞いただろうか。
只でさえ細い躯はますます華奢になっていた気がした。
あの時は笑って見せた。
あいつに心配をさせないように。
右腕の感触が蘇ると躯の奥にぽつりと情欲の火が点った。
これは危険信号だ、と頭の覚めた一部は恋次に訴えかける。
辛抱することには慣れていた。
何時もならそこで抑えが効くはずだった。
なのに、
何をしている。
どうしてそれを手にしている。
一歩進んでしまったのは何故なのか。
真夜中に何のつもりだ。
分かっているのか?
分かっている。
お前の薫りのせいだ。
伝令神機を持つ手が
馴染みの番号を押していた。
耳に響く音にたちまち後悔が押し寄せる。
自分は何を言うつもりなんだ。
次の呼び出しで切ろう。そうすれば眠りの妨げまでにはならないだろうから。
そうやって自分を納得させようとした。
電子音がぷつりと途切れるまでは。
息を飲む音の後に
「恋次……?」
震える声を聞くまでは。
壁と躯の熱が馴染んで温くなっていた。
知らぬ間に浅い眠りに落ちていたようだ。
最近はこんなことばかりを繰り返している。
蹲っているのを見つかる訳にはいかない、と
ルキアは急いで自室に向かった。
扉を後ろ手に閉めて大きく息を吐く。
莫迦みたいだ。
恋次に逢えて嬉しい筈なのに独りで熱を持て余して。
ああ、思い返しちゃ駄目だ。引いた熱が蘇るだけなのに。
嫌だ
躯が言うことを聞かなくなる。
そうして思い知る。この躯は私のものであっても
私だけのものではないと。
これは危険信号だ、と冷えた躯の一部はルキアに訴えかける。
抑えがきかなくなる前に眠りに落ちてしまおう。
浅くても構わない。
布団を被ってまどろんで、そうして朝を迎えよう。あまり考えちゃいけない。
そう思おうとしていた。
枕元の伝令神機が光るまでは。
その名を見るまでは。
反射的に手が動いた。
電子音は短く途切れた。
胸が苦しくて声がうまく出せない。
ようやく絞り出した一言は
きちんと届いただろうか。
「……何で寝てねえんだよ」
かけてきた方からこんな勝手な事を言われているのに
涙が出そうになってしまった自分に
笑いがこみ上げた。