『腕』



 夜の腕に身を任せると、見えなかったものがはっきりと形を成してくる。意地を張ってばかりの自分や、それに厭きもせず付き合うお前が瞼の裏に立ち上る。
 闇に紛れれば少しは素直になれるだろうか。臆病な私は殊更に棘を身に纏う。そうして宣言するのだ。
――近づくのか? 棘がある事は教えた筈だから、痛ければそれは貴様のせいだ――
と。
 こんなことを繰り返していればいずれ呆れられる。少女の欠片がうまく出ればいいのに、どうにも不器用な自分がもどかしい。

「……何だそのでっかいため息」
 驚いて振り向くと、見慣れた姿が月明かりに浮かぶ。
「どうして……」
「昼間、変な顔してたろ」
「お前の仕事がこんな時間で終わる訳が無いだろう」
「んー大丈夫じゃね? 俺有能だし」
 そう言って私を引き寄せる腕が心地よい。
――願わくはずっとこの中に――
 口には出さぬ思いを込めて、その腕にゆっくりと手を絡めた。