『背中』
突然焦点が合って視界が広がった。抱き合った後、しばらく意識が飛んでいたようだ。黒く鋭い紋様が入った背中が目の前にあった。手を伸ばしてそっと一文字、「あ」と書いてみる。次の字を書き終わらないうちに紋様が小さく揺れた。
「……くすぐってえ」
「どれだけ経った?」
「10分位か、んな長くねえさ。それよりお前、まだやってんのか、こら、止めろって……あははは!」
「こっちを向くな、少しくらい我慢しろ。せっかく伝言を書いているのに」
何だそりゃ、と言いながらも恋次は私の指示を聞き入れる。顔が見えないうちに、私は口では言えないことを書く。
「俺の名前? んなの伝言……じゃ……ねえ」
声が途切れる。何を書いたか解ったという事か。お前の名前と同じ文字で始まる言葉。
面と向かって言えそうにない一言。らしくないと笑われるだろうか?
熱くなった頬を広い背中に擦り寄せたら、そこも負けないほど熱を持っていた。