風がうねって外の木々の枝を激しく鳴らしている。勢いに耐えかねた枝葉が折れたせいで、ぱしぱしと爆ぜるような音がひっきりなしに聞こえた。風雪を凌ぐ筈の建物は、荒々しい力に揉まれて鈍い軋みが絶えない。
こんな情景はありふれたことで、分かっている筈なのに不快な音が耳に付くのは、隣に馴染んだ体温が居ないからなのだろうか。
ルキアは瞼を硬く閉じ、手元の布団を強く握り締めた。寒さに震える小動物のように丸まって、自分で自分を抱きかかえながら濃密な闇の喧騒が過ぎ去るのを待つ。
思えば、此処に来てからそんなことは一度だって無かった。必ず傍らに誰かがいた。皆が一緒に行動していたのだ。食べることも、遊ぶことも、働くことも、そして眠ることも。
草食動物が群れて眠るように、小さな躯を寄せ合い、体温を集め、敵から身を守ってきたのだ。
なのにどうして。
息が苦しくて、胸が詰まりそうで、縮めた躯を伸ばして寝返りをうってみた。反対を向いてそっと薄目を開けたルキアが見つめるのは、立付けの悪い板壁、正確にはその向こう側の空間だ。
そこにも丸まって息を吐く影が一つ。ルキアより一回り大きなものだが、降りかかってくる災いを、全て押し退けるに十分とは言えない、線の細さがまだまだ残っていた。
ごうと風が吹く度、ぎしりと壁が鳴る度に影も落ち着かなげにその身を揺らした。それは怯えや恐れとは微妙に違うものではあったが。
「れんじ……」
紛れてしまいそうな小さな呟きにも、丸くなった背中はきちんと反応していた。但し返答が返ってくるという訳ではない。
構わずルキアは、続けて呼び掛ける。
「寝ているのか?」
それは愚問と言えば、あまりにも愚問だ。板壁は後から付け足したもので、『壁』よりは『間仕切り』『目隠し』に近い。音は殆ど素通しで、呼ぶ声が聞こえない訳も無い。そして相手は明らかに問い掛けに反応して動いているのだ。
何度も名を呼ばれて、仕方なく恋次はルキアの方に躯を向けた。
「……何だよ」
疾うに起きていた筈なのに、寝起きのような不機嫌さを漂わせて、紅い瞳が紫紺を見た。その鋭さに、一瞬ルキアの顔が曇る。どうと吹き付ける風が薄壁を軋ませると、口にしようとした音は、そのまま行き場を失って飲み込まれた。
二人の間に、あばら家が立てる大小不快な音が響く。
「怖いわけじゃあ……ねえよな?」
風に合わせて小さく揺れる肩を目に映しながらも、恋次は短くルキアに聞く。
「怖くなど、ない!」
「だよなあ。子供扱いすんな、一人前なんだって言ったもんなあ」
ぐい、と伸びた手が細い二の腕を捉えると、一瞬それが強張るのにも気付かぬふりで。
「一人で寝るのが怖いはずないよな?」
ルキアの目が泳ぐのを承知で、恋次は口を寄せ、噛んで含めるように言い聞かせる。
「怖くはない、けど、音が煩いし」
「まあ、今日は仕方ないさ」
「……恋次は寝れるのか?」
「もう少しで治まるだろう」
「でも……風が、吹き込んで」
「ん?」
「……寒いん、だ」
ある程度予想された言葉に、恋次は小さく溜息を吐く。
売り言葉に買い言葉的に始まった二人の会話から、日頃どうにかしなきゃと思っていたことを実行に移したのだが。続行は前途多難のようだ。
紫紺の瞳が揺れて必死で訴え続ける。
布団を分け合うより、集めよう
一箇所に固まった方が体温が逃げない
ごうりてきなこうどうをするのが一人前の大人なのだ
――ひらがな発音の時点でもう駄目だろう――
こうなってしまったら、お手上げだ。
最後の一言は聞かなくても分かる。
「だから……一緒に寝よう?」
――どこまで耐えられる?――