『喧嘩のあと』
「だけどよく隊長が返してくれたな」
「あ……あ、兄様とは喧嘩同然で出てきた」
「なにー!?」
ルキアは涼しげな顔で言うが、こっちは明日からの命に関わってるんだぞ? 分かってんのか?
恋次は青ざめた。
「だって! 兄様のせいで誰も私を起こさないのだぞ? お前は余計な訪問者のように言われるし……」
確かに、最近は訪ねても冷たい視線を感じていたと恋次は振り返る。でも冷たい刃よりはマシだ、とも頭の片隅でチラリと思う。
「夫が妻子に会って何がおかしいんだ!」
「おい、落ち着けって」
「会えないならこちらから動くしかないだろう?」
「今から戻ります。止めても行きます。躯は十分に回復しました」
「……あの家で此処に居るような訳には行かないのだぞ」
「分かっています。此処での数々の御配慮には感謝してもしきれません」
「分かっていて……」
「だから」ルキアは静かに、だがはっきりと宣言する。
「次は私が返す番です。先ずは、私の家族に」
その視線の強さに白哉の目が細くなる。家族と言い切るルキアの頭の中の人物は想像に難くない。
だが以前はこれほどの強さを持って義妹は自分に主張をしただろうか?
親になるとはこういうことか、と小さな紅い髪が頭をよぎった。
「ならば一緒に遣いをやろう」
「……母子の体を御気遣いですか」
「此処から一足飛びに賄う側に回っても平気だと?」
「いえ、そのような事は申しません」
「では」
「でも!」
二人の声が同時に部屋の中で響く。先に言葉を続けたのはルキアの方だった。
「あの家は人を置けるほど広くはありません。体を御気遣い頂けるのなら、お願いが一つあります」
「お願い?」
「はい」
「……私の夫を家に帰してください」
思いがけないルキアの言葉に白哉の目が見開かれた。いつもの冷静な仮面は剥がれ落ち、眼前の顔を見つめる。
「仮にも一隊の副隊長を私的都合で帰せ、と?」
「仕事を放り出してとは申しません」
「ですが」
「恋次は墨の匂いを纏って此処へ来た事が何度もありました。聞くと、業務が増えたとの事でしたが」
ルキアは微笑む。
「六番隊は優秀な席官の方が多数在籍のはず。皆で手分けをすれば時間の短縮になるのでは?」
「他の隊の運営に口を挟むとはな……」
「そんな大仰なものでは」ただ、とルキアは答える。
「短縮した時間を家に向けて貰えば、私は助かりますから」
「あの子と共に此方に顔を見せる機会も出来ますが、それが適わないなら里帰りは今回が最初で最後と言う事ですね」
「……何故そのような話になる」
「私一人では抱えきれぬなら、家族の手を借りねばなりません」
「……」
「その手を兄様が握っていますので」
次の日、恋次は定刻の鐘と共に、冷たい刃のような霊圧を一身に浴びながら帰宅した。