『その姿、その躯』



 今日で三日、ルキアと口をきいていない。
 乱菊さんが無理矢理乱入してきた副隊務室で、 半ば強制的に始まったグラビア撮影会はそれほどの怒りを買ったって事だ。
 何しろ弁解の余地が無かった。
 隊長は不在だから全ての業務はこっちに回ってくる。 当然ルキアも書類の決裁を貰いに来た訳だが、 その時の俺ときたら仕事とは程遠い状態と言っていいだろう。 死覇装だけでなく下帯まで剥ぎ取られて、 申し訳程度に撮影用とか言う薄布を腰に掛けていただけの際どい姿だ。

 その怒りのオーラと言ったら その場に居た全員が固まって一言も発せなかった程だ。
「この書類をお願いしますね?」
 にこやかに挨拶をして部屋から出ていくルキアを追いかけようと腰を上げた瞬間、 その行く手を薄布に遮られた。 正確には、わずかに纏った布を引っ張られて全裸になり、追うに追えない状態になったのだ。
「うわ! 何すんですか!!」
「あんだけ朽木を怒らせて収穫無しって訳にはいかないのよ! 撮影だけは済ませなきゃ!」
「いや、怒ってるのそのままには出来ませんって!」
「その格好で追いかける気? 残りのフィルム使っちゃったら行っていいから、ね?」
 着物はみんな押さえられ、身動きの取れない自分がもどかしかった。
「……あと、どんだけですか」
 揉めるより手早く済ませる方を選択した俺は、憮然としながら乱菊さんに尋ねた。
 この先のことを考えると頭が痛かった。

 それから明らかにルキアは俺を避けていた。
 いつもなら現れる時間に姿を見せない。 十三番隊の連絡には割りとルキアが現れたのに、それがぱったり途絶えた。 何とか理由をつけて外を歩いてみてもどこにも見当たらない。
 挙句の果てには
「ちょっと!あんた朽木と何かあったの?」 と虎徹三席に襟首を掴まれる始末だ。
「朝から落ち着きがないのよね。おかしなミスばっかりするから休ませるのに医務室に行かせたけど」
 視線が明らかに俺を咎める。
「心当たりない?」
 大いにあったけどそれを言う訳にもいかず、しどろもどろで謝る俺に 「困るのよねー」と虎徹三席は大げさにため息を吐いて見せた。
「朽木が暗いと隊長にも影響が出るんだから!」
 ばしばしと肩を叩いて「早く解決しなさいよ!」と去っていく影に 俺もそう願います、と思わず呟いていた。
 だが、少なくともルキアが今何処にいるかは分かった。 虎徹三席に感謝しつつ俺は真っ直ぐに四番隊に向かった。

「朽木さんなら眠っていますよ」
 会えません、と言外にほのめかして個室の前に立つ看護師に、 顔だけでも見せてくれと俺は頼んだ。  だがこいつは頑として入り口を塞いだままだ。 イラついて声が荒ぶりそうになった時
「通してあげなさい」と戸口の方から声が掛かり、看護師に緊張が走った。
「卯ノ花隊長!」
「朽木さんの不調はどうやら貴方のせいのようですからね」
「は……すいません」
 穏やかな口調と、逆に笑っていない目が恐ろしかった。
「きちんと解決するようにね」
 興奮し過ぎちゃ駄目よ、と一言釘を刺されて俺は部屋へ入る許可を貰った。 看護師は卯ノ花隊長と共に廊下の向こうに去っていった。
 人気がなくなると部屋は急に静まり返って、僅かな寝息だけが耳に届いた。 医務室はカーテンが掛かっていて翳っている。 反対を向いているルキアの表情は見えなかった。
 そっと近づくとシーツが細かな皺を作った。 衣擦れの音に「起きてんのか」と声を掛けた。

「……あんな莫迦声を出したら嫌でも起きるわ」
 一呼吸置いてくぐもった声が聞こえた。
「ここは医務室なんだ。他の人に迷惑だろ」
「……そうだな。俺が悪いな」

「……俺が悪かった、ごめん」
 口を聞く機会も持てなかった俺は、とにかく謝ろうと思っていた。 悪かったのは事実だし、ルキアが聞く耳を持ってくれないことには話にならないからだ。

 だが、暫くの沈黙の後ルキアの口から出てきた言葉は、俺の冷静さを残らず攫っていくものだった。

「いい。私も水着撮影することにしたから」
「はあ!? 何言ってんだお前! 何するか分かってんのか?」
「お前がしてたようなあれだろう?」ルキアの躯ががばりと起き上がり目線がぶつかった。
「前から話はあったんだ。その度に断ってはいたけれど」
「おい、そんなの聞いてないぞ」
「する気もないのに話す訳ないだろう?」
「だったら何で」
「断り続けるのに疲れただけだ」
「ダメだ!」
「何で!」
「ダメに決まってるだろう? 水着ったってかなり際どいの持ってくるぞ?」
「それで?」
「何でそんなもん他の奴に見せなきゃなんねーんだよ!」
「……見せたくないのか?」
「当たり前だ! お前の躯を見ていいのは俺だけだ!」

 その言葉でルキアの瞳が放っていた強い光がふっと緩んだ。
「私だって」
 ゆっくりと細い腕が背中に回った。
 胸板に顔を押し付けてルキアがぽつりと言う。
「お前を誰にも見せたくない」
「ルキア……」
「最初は恥知らずな事を、と思って怒っていた。でも違うんだ」背中に回った手に力が入った。 小さな躯をそっと抱き返す。
「私はお前のものなんだろう? そしてお前は私のものなんだ」
「そうだ」
「だから、勝手に他人に見せちゃ駄目なんだからな」
「俺が悪かった」
「私がどれだけ嫌だったか分かっただろ?」
「ものすごく堪えました」
「なら……いい」
 涙を零しそうに潤んでいた瞳がようやく笑った。


「水着撮影は止めろよ?」
 そもそもそれをネタに脅されてのグラビア撮影だったのに割りにあわない話だ。冗談じゃねえ。
「……済まない、その、そんな話無いんだ」
「は?」
「ちょっとお前を困らせようと思って……」
「ふーん、へー、ほーお。 よし! そんなにしたいなら次の休みは撮影会な!」
「え、何」
「場所は俺ん家。迎えに行くから逃げんなよ」
 にやりと笑う俺を見てルキアの顔は夕日のように耳まで紅く染まっていた。
 こういう顔も他の奴には見せられねえな。

 俺だけのもんだ。