『INTERVAL』
暗闇から不意に意識が浮かび上がった。泥のような躯は指先一つ自分の思うようにはならない。動かない掌にさらりと布地が当ると、ひんやりした感触が心地良い。
暫くそれを楽しんでいるとやがて自分の熱と馴染んで見分けがつかなくなった。
動かないのにどうしてそれが手に触れたのか、そんな考えがふと頭をよぎった時、
閉じたままの瞼の裏に薄紅い光を感じた。
鼻孔をくすぐる頭薬と木の燃える匂いで、すぐに消えたそれが煙草に点けた火だと気が付いた。
ああ、苦手だと言ったから私の目の前では止めているが、こういう時には手が伸びるんだなあとまどろみながら思った。
吸う本人には分からないのだが、あの匂いはかなり躯に染みつく。
『いがらっぽい口付けは御免だ』と言ったのがよっぽど効いたらしい。禁煙を迫った訳ではないのだが、あれから喫煙する恋次を見たことは無かった。
起きて、覚えていたら聞いてみよう。
ここに来るといつもそうだ。煽られ、仰け反り、声を嗄らし、くたくたになって眠りに就く。その間に色々な事を思った筈なのに、みんな泡のように
浮かび上がっては消えてしまう。後から振り返っても何が何だか分からない事の方が圧倒的だ。こんなにも私は流され易かっただろうかと少し恐くなる程に。
傍から熱が消えると、さらりとした布地が降ってきた。被せられた寝具が肩まですっぽりと覆う。衣擦れが聞こえると同時に頬に柔らかな感触が落ちた。紫煙を伴う口付けはいつもと違うけれど、決して嫌ではない。
むしろ、その薫りが段々薄れていくのが心もとなかった。
水音が聞こえたから湯を張りに行ったのだと分かっていても、動かない躯で熱を求めた。声にならない声で名前を呼んだ。その間は僅かでも離れるのは耐え難いことだった。いつの間にこんなにも強欲になったんだろう。
程無く衣擦れが戻って来て、優しく私の髪を撫でた。
「ルキア」
そう呼ばれるだけで胸の強張りが解け、泣きたくなるほど幸せだなんて、どれだけ単純に出来ているのか。
湯が満ちた時恋次は私を起こしてくれるだろう。その時、今思っていたことがどれだけ消えずに残っているか。
「幸せな気分だけ憶えてりゃいいんだよ」
そう言われそうな気がして、口元がほんの少しだけ綻んだ。
髪を撫でる手つきは相変わらず優しい。
眼も眩むような幸福感に包まれて、また私はまどろみの中へ落ちて行った。