『キス』



 息が出来なかったのは驚きのせいだけではなかった。
 こんなのは知らない。
 いつも軽く触れて、離れて、僅かな感触だけを残して去っていった唇が、今日は重なり合ったまま呼吸を奪う。
 何があっただろう。
 私が何時もと違うのか?
 お前が何時もと違うのか?
 或いは二人とも 昨日までとは違うのだろうか。
 混乱した頭で必死に考えても、思考は迷路に嵌って抜け出すことが出来ない。

 躯はやがて酸素不足に根を上げ出す。
 助けを求めて目の前の姿に縋りつく。
 震える指先が黒衣を掴むと、布の軋む音がやけに耳に響いた。
 頭を抱える掌がようやく外されて発した一声は、咎める訳でもなく諌めることも出来ず
 只々戸惑いに掠れていた。

 これは一体何なのか。
 自分は一体どうしたのか。




「……ぁ」



「……もう少し離れたくないって思ったろ?」



 声にならない気持ちの欠片を拾い上げられて、心臓がどくりと脈を打つ。
「な ん で……」

「俺がそうだから」

 何時もならここで  たわけ、と言い飛ばして終わる筈なのに
 その言葉が私に降り注ぎ、滴り、染み入り、甘い毒になると


 ほら、瞬き一つ自分の思うようになりはしない。






知ってるか?


愛しい時は


お互いの柔らかなところで触れ合うんだ


大切だから


傷付けないように な