『唇』



 柔らかく触れたその感触に、躯中の血が沸き立った。鼓動が耳に響いたがそれが誰のものかも分からなかった。
 目を閉じていると、周りの空気がやけに沢山の事を私に伝えた。高い体温や、汗ばんだ手、震える息遣い。それらが混ざり合って、境界線を越えて侵入してきた。警鐘が鳴り響くのは自分の輪郭が滲んでいるからだろうか。
「駄目だ……」
 唇が離れた時、やっとの思いで一言だけ告げた。
「怖いか?」
 そう、あけ渡すのは怖かった。こんな私は知らない。熱くて、目が霞んで、息がうまく吐けない、訳も分からず泣きたくなるような感覚をお前は知っているのか?
「俺もだ」意外な言葉に目を見開いた。初めて視線が交差する。
「お前に拒まれるのは……怖い。お前を傷つけるのも」瞳が揺れた。
「怖いんだ」

 ――同じなら
 境界線を外して、一つになれば怖くないだろうか。
「じゃあ」ここから――
「来てくれ」震える声で門を開けた。