『聞いてない』



 新年会翌日、外は快晴。空気が澄んで寒さが少し肌に凍みる日に。

「吉良〜」
「あ、おはようございます」
「昨日はすまなかったな、世話してもらっちまって」
「いえ。最近お疲れのようですね」
「俺乱菊さんと飲んでた筈だよなあ? 途中から記憶ねえんだよ」
「でしょうね。あの様子じゃあ…」
「な、何だその憐れみたっぷりの視線は!!」
「……」
「……おい」
「……檜佐木先輩、乱菊さんに絡んでましたよ」
「はぇ?」
「阿散井くんとの話が進まないって、こっちに振られたんですから」
「なぁーにぃー!?」
 喰らいつきそうな勢いで迫る檜佐木に吉良の身体が固まった。
「じゃ、俺追い払われたってこと?」
「まあ……傍目にはそうかもしれませんね」
 無情な台詞が二人の間に漂った。
 力なくうなだれる69の印に声を掛けようとした吉良だが、その前にがっしりと肩をつかまれ鬼気迫る顔で叫ばれた。
「そうまでして何話してんだよー! お前聞いてねえ?」
「分かりません、よ! あんな賑やかな席じゃちょっと離れたら声なんて聞こえませんって!」
「れーんーじー俺の乱菊さんとおおお!」

 どっかの隊長さんが聞いたら氷漬けですよ、と思いながらも吉良は言葉を続けた。
「でもねえ、阿散井くんの相談事なんて、大体決まってると思いますけど?」
「あ? ああそう……だな」
「でしょう? 先輩、苦しいです」
「お、悪りい悪りい」 




 妙なものを見た、いや聞いたか?
 それにもの扱いでは失礼だな。吉良殿と檜佐木殿は副隊長同士、昨日の新年会の話だろうか。それに恋次や松本殿の名前が出てきても別におかしくはない。
 おかしくはないが……檜佐木殿が声を張りあげていたのが気になる。
「恋次と乱菊さんが」しか聞いてないから話がよく分からない。だが何の話ですか?なんて出て行く訳にも行かないし……
 それでは話を盗み聞きしていたみたいではないか! そんなことが出来るか! ああもう、何でこんな事で考え込まなければならないのだ。

「莫迦者が……」


「それ誰のことだ?」

 心の準備のないまま、木立の中から現れた大きな影に声を掛けられて躯が跳ね上がった。
「……お前の事だ!」
「ひでえな、間髪入れずにかよ」
「うるさい!」
「さっき檜佐木先輩が言ったこと聞こえたろ」
「聞いてない!」
「俺に聞こえたんだ、お前にも聞こえるさ。先輩盛大に叫んでくれたよなー」
「な……」
「変にお前の耳に入ると嫌だから、先輩に口止め頼みに来たのに一足遅かったな」
 逞しい腕が細い腰に回った。
「放せ、こんなところで!」
「やだね、んな顔してる奴放せっかよ」
「どんな顔だというんだ!」

―はぐれた幼子のような瞳がこちらを見た―

「……悪りい、乱菊さんの言うとおりだ」
 その言葉を聞いて一瞬暴れる動きが止まった。
「変に探りなんか入れずにお前の事だけ考えてろって、どやされた」
「ふ……ん」
「ごめんな」
「べ、別に私は」
「明日非番だろ? 俺も合わせたから家に来い」
「へ?」
「一日中お前の事考えるから、お前も俺の事だけ考える日にしろ」
「そ……んなの聞いてない! 明日は食事でもして誕生祝いって言ってたじゃないか!」
「嫌か?」
「嫌……じゃない、けど」
「じゃ決まり」

「う……」

 明日はどんな日?
 さてさて、どうなることやら