それは
一瞬の出来事。
ほんの少し前を歩く、私より遥かに大きな躯がぐらりとよろめいた。
「恋次?」
突然強くなった夜の風が小刻みに枝を揺らすと、淡い色の花びらは辺りを埋め尽くすように宙を舞う。
その姿が霞むほどに。
墨色が、緋色が薄桜に洗い流される。
――連れていかないで――
とっさに浮かんだその言葉は、何に向かって訴えたものか。
この細い腕が支えになることなど有り得ない。なのに私の手はどうしてもその袂を放せずに握りしめていた。
「……悪い、何か感覚狂っちまった」
「え……」
「酔っ払った感じって言えば分かるか? どっちが上でどっちが下か怪しくなってよ」
こういう細かいのに囲まれるのはちょっとな、と笑うその顔に胸を締め付けられる。
そうだ。
この男は、私の為に億の花びらの洗礼を受け、血を流したのだ。
「……んな顔すんなよ」
頭の上に乗せられた掌がゆっくりと髪を撫でる。
「済んだことだし、今こうしているんだから良いじゃねえか」
「そう……だな……」
「それより俺が気になるのは」
思いがけず顔が近くによって囁かれた。
――――監視されてるみたいで落ち着かねえってことなんだけど――――
「な、に!?」
「言ったとおりだって。だからこれ以上は何もしねえよ」
近過ぎる距離でにやにやと私を見つめる男を、反論を込めて思い切り睨んでやった。
多分効果はあまり無いだろうけれど。
肩に 髪に降って来る淡色の欠片に
この熱を持った顔を見られているのが
無性に恥ずかしかった。