『瞳』
「好きだ」と告げても変化はなかった。
押入れの住人は「おはよう」に「おはよう」と返すのと同じような調子で「そうか」と答えただけだった。
手を伸ばして肩を取った。制服のブラウスは薄くて、すぐに体温が伝わってくる。作り物だと嗤っていたが、そんなことは言われた今でも分かりはしない。触れば温かいし柔らかいのにどこが違うってんだ。こっちの体温が上がりそうだ。
知らず力が入った俺の手に「痛い……」と顔が強張る。慌てて掌を緩めるとその表情は元に戻った。怒ってはいない、けど嬉しい色でもない。どうにもつかみどころが無くじっと覗き込むと、吐息がやけに近くで聞こえた。
次の瞬間感じたのは、唇の柔らかな滑りと感情の見えない瞳。離れる刹那そこに映ったのは困惑する俺の顔。自分の表情が分かっても意味は無い。
どうしてだ? どこまで行っても俺しか見えない。お前はどこにいるんだ?
鏡のような瞳に問いかけた。