『衣擦れ』


「明るいのは……嫌だ」
 ルキアが手元の照明を落とす。 光に慣れた目は瞼の裏に像を残し、白い点滅が漂っていたが、やがてそれも辺りの暗闇が飲み込んで消えていった。
 これじゃあ何にも見えねえと訴えたが返事は無く、代わりに微かな音が耳に届く。
聞き覚えがある、これは何の音だったか。こめかみに手を遣るとその動きに合わせて、己から似た響きがすることに気付いた。

 ああ、これか
 この音なのか。

 その方向にゆっくりと手を伸ばすと指先がざらりとした布に触れた。 温度を感じないそれは、まるでルキアの抜け殻のようだ。僅かに力を込めると抵抗も無くくたりと手中に下りてくる。
 主を失った衣を打ち捨てて、更に先へ手を進めると手触りが"さらり"に変わる。仄かな温かみと共に小さな吐息が伝わってきた。
 指が踊ると同じリズムで息が漏れる。さらり、さらりと軽い衣の音が周りを囲む。


 零れる吐息に艶が混じりだした頃  衣の音は聞こえなくなった。

 ルキアからも。

 己からも。