『そのカオ、ゾクゾクする』


 柔らかく、何時もより低い声に名前を呼ばれると、私の中で何かが弾ける。

 それは、日常と非日常の境目が崩れ落ちる合図。
 他愛の無い、意地の張り合いのような会話が途切れ
 周りの空気が色を変えて、重く矮躯に纏わり付く。

 息苦しさに息を吐き、零れ落ちる掠れ声に自分でも驚いて、目を見張る。
 紅の視線に射抜かれて
 熱い吐息に絡め取られて
 呼ばれる名前は呪文のように、私を捉えて変えてゆく。


 その言の葉がいけないんだ。
 それが耳に入るからいけないんだ。


 なのにお前は
 私が何か仕掛けているかのように囁く。


「そのカオ、ゾクゾクする」


 それは私が感じていること
 それは私が言いたいこと

 お前のその顔が
 その声が
 その熱が
 その指が

 薄衣を剥がすように
 最後の理性を奪い去るから。



 疼き始めた欲を込めて
 緋色に指を絡めてみた。