『蝕』 「う…あ、やあああ!」 聞くまでもなかった。虚の霊圧とぬめる残滓が躯中に残っていた。 指先にそのぬるりとした感触が伝わると、衝動で目の前が紅くなる。 こんな状態で我慢していたのか、何故言わない、何をされた、様々な言葉が頭を交錯する。 細い躯を抱える腕に力が入った。 「……んあっ!」 涙が滲んだ目がほんの少し開く。 「何があった!?」 「分から……ない」 酷くしかめた眉が零れる雫と相まって奇妙な対照を成していた。 「気配など、無かった」 背後から絡め取られるまで、その霊圧が分からずに、遅れをとった。 力自体は大したことのない虚だった。赤火砲で倒せる程度の奴だ。 まともな対峙なら、こんな状態になるなどあり得ないのに。 「傷は……治せたが、おか、しい」 「どうなんだ! 言ってみろ!」 声が荒ぶると、その勢いに圧されるようにまた躯がびくりと跳ねた。 「や……声……おおきい」 顔を背けるといつもは現れない首筋が視界を埋める。 滑らかで、奥からうっすらと紅みが差した肌は虚のぬめりで怪しく光っていた。 見ているだけで血が逆流する。 熱を持って一箇所に溜まり出す。 ざわざわとした感情が背中を走った。 力の入った指は腕を掴まず、残滓と共に肌の上をずるりと滑る。 「んっ……ああっ!」 艶めかしい声が漏れると、ルキアは赤く染まりながら口に手をやった。 「どうした?」 「躯が、熱い……」 息を乱しながら答える姿に、獣のような欲が湧く。 駄目だ 俺もおかしくなる 無理矢理視線を引き剥がし、黙ったまま震える躯を抱え直した。 手が当たる場所が変わる度に噛み殺したような息が漏れる。 この過剰な反応は恐らく残滓のせいだ。こいつを何とかしなければ。 「れん、じ……」 「ちょっと我慢しろよ」 腕の中に躯を納めたままそこに向かって走り出した。 なるべく振動は与えたくなかったが、こっちもヤバい。 もたもたしていたら俺の箍が外れそうで、それが恐ろしかった。 こんなことでなんて冗談じゃない。 昂ぶる己を諌めながら目的地を目指して急ぐ。 それは全く、時も場所も隔てた筈なのにどこか懐かしさを感じた処。 草いきれと水の匂いに溢れた場所。 班の仲間とはぐれ、歩き回っているうちに辿り着いたのは偶然なのか。 さらさらと流れる水音が耳に心地良かった。 焦る気持ちが凪いでいく。 そうだ、集合時間まではまだ間がある筈だ。 ガキの遣いじゃあるまいし、と自分に言い聞かせてみる。 魂葬実習は初めてじゃないのに、何だって今日はこんなことになったかと思い返す。 いや、こんなに規模の大きなものは初めてだったな。 一組、二組合同ってことは単純に考えても人数は二倍だ。 だからと言って先導も二倍って訳じゃない。 お互いが補い合うようにと、組に関係なく班が組まれているから、良く言やあ自主性を重んじる、悪く言やあ放ったらかしって状態だ。 まあ、それだから俺一人がはぐれても、ってのが通用するんだが。 ここは餓鬼の頃を思い出させる場所だった。 楽しいことなんて大して無かったが、水遊びのような魚獲りは、身体が心地よさを覚えていた。 そして記憶はそのまま水面の煌きを受けるルキアの姿と重なった。 ルキア――あいつもこっちに来てるんだよな。 ここを見たら同じことを言うんだろうな。 こみ上げてきた笑いが途中で掻き消えた。 ルキアが俺を呼んだ。 吃驚と、怒りと、嫌悪と、困惑の入り乱れたその霊圧は間違えようも無かった。 -------------------------------------------------------------------------------- その日は朝から緊張していたかもしれない。 大きな荷物を抱えた恋次達を初めて見送ったのは何時のことだったろう。 組が違うとはこういう事かと身にしみた時だ。 霊術院に入り、私達の生活は大きく変わった。 食べる物には困らない。温かな寝具がある。 多くの人々に囲まれて過ごすようになった。 何もかもが以前より恵まれていた。 ただ、紅い髪の男が隣にいなかった。 いや、いないと言っても同じ学院内で学んでいるのだ、授業の合間に話をする、昼食を一緒に取るなどは頻繁に行っていた。 だから傍からは私達は 『いつも二人でいる』と見られていたようだ。 但しそれは他人から見てであって、少なくとも私にとっては全く意味を成さない捉え方だった。 私達は家族だった。 その日を生き抜くのに懸命な二人が共に在るのは当たり前のことだった。 一日の始まりも終わりも、私の視界は紅で埋め尽くされた。 それが私の日常だったのだ。 今は色の無い薄闇で目が覚める。 動き出すにはまだ早過ぎるその時刻から、私は夢うつつを行き来して日の出を迎える事が殆どだった。 合同実習の話を聞いた時は正直驚いた。 やっと同じ体験が出来る、という喜びと、単独ではやらせてもらえないのが今の私達への評価なのだ、という落胆が混じった複雑な思いが胸中を駆け抜けた。 だが、これをこなさないと前へ進めない。 実施は四週間後、組の中は始終その話で沸き立っていた。 どんな班になるのか、成績にどの程度影響するのかなど話題は尽きなかった。 突然どさりと鈍い音がした。 続いて聞こえたのは風を切るような短い息遣い。 それは器官を絞められて苦しむものだった。 おかしい。 私達のような院生が質の悪い虚に当たらぬように、魂葬指示は選別されてくるという話だった。 実際、伝令神機に送られて来たのは整の魂葬で、それは一組の者の指示どおり動いて私と、もう一人二組の藤田が行っていたのだ。 「な……?!」 見開かれた目には吃驚と恐怖が映る。 ということは、これはこの者の手に負えない事態なのだなと妙に醒めた頭で考えた。 周りの動きがやけにゆっくりと感じる。 こんな時なのに私の頭の中は、この一組の者の名前が思い出せないという場違いな問いで埋め尽くされていた。 二人の首、腕、胸に赤黒く光る蔓状ものが幾重にも巻き付いている。 倒れた藤田に絡んでいたものは、その躯がぴくりとも動かないのを確認したかのように絞めつけを緩め、戒めを解いていった。 この異形は何なのだ。 蔓とは言ったが植物とはかけ離れた姿をしている。 何も無い空間が急に揺らぎ、その裂け目から出て来る様は虚そのものだが、こいつからは全く霊圧を感じなかった。 まるで無機物のようだ。 視界に入らなければその存在には多分気づかない、いや、気づけない。 私達は完全に背後を取られ、襲撃を許してしまった。 そして、あまりに予想外の事態に思考を奪われ、この異形が次に起こす行動に気づくのが 遅れた。 頭が割れそうな轟音が頭蓋に響いた。 衝撃の大きさに目の前で白い光がちかちかと瞬く。 思わず耳を塞いだが、音が止む気配は全く無かった。 掌を当ててもそれは獣の咆哮のような鋭さで私を内部から掻き乱した。 背筋を冷たいものが走る。息が苦しい。 とっさのことで聴覚を奪われたようにしか感じなかったが、違う。 ――これは―― 左足首に違和感があった。 紅い、黒い異形が絡みつく、そこは小さなひび割れのようなものだ。 ほんの僅かに触れた箇所から、恐ろしいほどの荒々しい霊圧が流れ込んでくる。 無機物なんてとんでもない、静かに現れた佇まいとは裏腹に、こいつの中身は原始の欲で満たされていた。 そして、明らかに私をその対象としている――そう感じた刹那、四方に伸びていた手が一斉にこちらを見た。 そう、見たのだ。 紅黒い手と視線が、私の躯に巻きつく。 容赦の無い締め付けに四肢は悲鳴を上げるが、声が出せなかった。 近づいたうちの一本が首を這うとそのまま後頭を一回りして口内に侵入してきたからだ。 これは一体何だ。 それまで感じていたのは力によって倒される恐怖だった。 他の二人のように、巻きつかれ、動けなくなったところで恐らく私達は喰われる。 そう思うに十分な霊圧を、私は最初の接触で受け取ったのだ。 だが今感じるのは違う。生理的なおぞましさだ。 嫌だ 嫌だ 嫌だ 止めて 入ってこないで 息苦しさと、躯中の不快感に視界が滲む。 (れ、ん……じ) お前の紅はきれいなのにな この紅は禍々し過ぎる 絶望に似た悲鳴が頭の中に渦巻く。 私が怯むのを察知するかのように、ぎちぎちと躯を締め付ける力は緩み、襟元から、袖口から、足元から無数の手が入り込み躯を這う。 ざらりとした感触が、ゆっくりと衣服の中を探り始めた。 普段は布の下の皮膚が擦られて、鈍い痛みが走る。 「ん……!」 その時、紅黒い霊圧が爆発的に膨らみ、私を包んで 嬉しそうに嗤った。 私に巻き付く感触が変わった。 ざらりからぬるりへとそれは変化した。 擦れた箇所にぬめりが滲み込み、ひりひりと熱を孕む。 腕が、首が、脚が別の生き物のように脈打ち始めた。 ああ、おかしい。 嫌なのに。目を背けたいのに。 躯が熱い。 どくん どくんと鼓動が響く度に背中に走るものがある。 口は相変わらず支配を受けて息をつくことも出来なかった。 その一本を見遣ると、ぬめりはこいつ自身が分泌させたものだと分かる。 その身をどろりとした粘液が包み、鈍い光を放っていた。 おぞましい、と身震いをしていた筈だった。 それが何故こんなに蠱惑的に映るのか。 明らかに普通ではない、自分が信じられなかった。 抵抗は出来ないのではなく、しなくなった。 塞がれた口の端からは嚥下しきれない混ざり合った液が零れる。 途切れ途切れの呻きは、息苦しさの他に別の響きを含んでいた。 そして躯の至る所を枝分かれした手が這い回り、ぬめる液を躯中に行渡らせる。 衣服は蹂躙されて水気を含み、ずしりと重くなった。 躯中が熱い。 背筋を走るちりちりとした刺激は、内側の中心にどんどん溜まっていく。 これは何だ。 私が私じゃないようだ。 もどかしさで気が狂いそうだ。 ――何を望む?―― 不意に響く言葉にも、疑問をはさむ力は残っていない。 ――何を望む?―― 聞かれた事をそのまま反芻する。 何? 何? 何を望むの? 熱を 解放して このままじゃ、おかしくなる 口中の手がどくんと脈打った。 喉を突かれて苦しさで一瞬意識がはっきりする。 今、何を思った? 何を望んだ? 目に映るのは禍々しい紅。 助けて 「ルキア!」 鋭い叫びと同時に全身を覆う手が痙攣して縮んだ。解放されて声が出せる。 「れん、じ」 ああ、やっぱりお前はきれいな紅だ。その姿に涙が出そうになる。 しかし次の瞬間、紅黒い霊圧がそちらを見ているのが分かり、身の毛がよだった。 「恋次!」 逃げてくれ。 こいつは凄まじく怒っている。 邪魔をしたお前を、斬り付けたお前を縊る積もりだ。 駄目だ、駄目だ。 恋次にはこいつの霊圧が分からない。こいつは攻撃を止めない。 どうすれば、どうすればいい? 私に出来る事は一つだけだった。 "君臨者よ! -------------------------------------------------------------------------------- 赤火砲!" 詠唱に続いて盛大な爆音が辺りに響き、もうもうと粉塵が立ち込めた。 ルキアの鬼道は斬術を補う為に鍛錬したものだ。 俺のような加減の利かない代物とは違い、威力と正確さがあった。 授業以外で見たことは無かったが実戦でも通用すると、この時初めて知った。 こんな無茶をしなければ恐らく分かることはなかった。 ルキアは己に巻き付く蠢きに向かって赤火砲を放った。 足元付近を狙ったが、どうしたって自分の躯を傷付けることになる。 螺旋が解け、長く伸びて枝分かれしていた手が一箇所に集まりだした。 磔ではなくなった躯が崩れ落ちる。 「ルキアぁ!」 駆け寄り、辛うじて左手で倒れ込むのを防いだ。右手は斬魄刀を握り直す。 触手の塊りは、俺が付けた刀傷とルキアの赤火砲で酷く破損して、自身の体液溜まりの中で未だ蠢いていた。 「恋、次……無事か?」 「何言ってんだ!! テメーがやられてたんだろが!」 その自分の言葉に思わず総毛立った。 何をされた? 「大丈夫、だ。この程度は自分で治せる……」それより、とルキアの声に切迫感が走る。 「あれは、おかしい。今のうちにとどめを……頼む」 振り向いて凝視するが、俺には何も感じられない。 この「何も無さ」がおかしいのか? 「すぐ済ませる」 そう言ってルキアから手を離し、体液溜まりに近づいた。 斬魄刀を構える手がじわりと汗をかく。 何度かの実習を繰り返して小規模な魂葬は滞りなくこなせるようになっていた。 でもこれは違う。一組の者が倒れ、ルキアは傷を負った。 これは実戦だった。 とどめを。 その言葉通り蠢く中心に斬魄刀を振り下ろした。 刀身が身を裂くその瞬間、触手が恐ろしい勢いでぐいと伸び、その先が手の甲に当たった。 「ぐぅっ……!」 それは断末魔の咆哮、獲物を逃す無念、害を成す相手への怒り、荒々しい衝動の塊り。 凄まじい霊圧のるつぼが僅かな接触面から一気になだれ込む。 恐らく、構えていなかったらその負の力に押し潰されていただろう。 膝を付きそうになるのを何とか堪え柄を握りしめていると、突然奔流が止んだ。 触手がだらりと垂れて地面に落ちる。 耳鳴りだけが盛大に残った。 びっしょりと汗をかいている自分に気付き思わず頭を振った。 何なんだこいつは。確かに普通じゃなかった。 ――こんなもんに襲われたのか―― 荒い息遣いがその時ようやく耳に入った。 「……っぁあ……」 「ルキア!?」 ルキアの目は焦点が定まらず虚ろだった。 恐らく周りの草木も見えていないだろう。 口からは言葉にならない喘ぎが漏れる。 浅い呼吸を傍で聞いていると、自分の息遣いまでもが苦しく感じられた。 しっかりしなければ。 こんなルキアの姿は他人には見せられない。 それが一番に頭に浮かんだことだった。 肝心な時に、どうして護ってやれない、と臍を噛む思いで抱きかかえる手に力が入った。 「あっ……!」 ルキアが跳ねる。急がなければ。 水際ぎりぎりまで近づき、なるべく平らな場所を選んでゆっくりと躯を下ろした。 ぐったりした表情を見ると、異形に対する衝動が再び湧き上がった。 こんなもの何の役にも立っちゃいない。 粘液まみれの腰紐に手を掛けると、ぼんやりとしていた目がこちらを向いた。 「な……に……?」 「脱げ」 その言葉を聞いてルキアは弱々しく抵抗する。 「いや……だ」 「何でだよ! こんなの着てても何にもならねえぞ?」 「だって、駄目だ……」 こんなルキアは見たことがなかった。 言いよどみ、目を合わせず下を向く姿は何処かいつもと違っていたが、俺は構わずそのまま手を動かし続けた。 「あちこち破れてるし、ドロドロじゃねーか」 袴を下ろすと白く細い脚が現れ、びくりと震えた。 「やぁ……見る、な」 躯は治したと言っていた通り、赤みがかった箇所はあるものの傷らしい傷は見当たらない。 これなら大丈夫だろうと安堵したが、胸元で握られた手を見て、自分の声が尖るのが分かった。 「嫌ならテメーで脱げ!」 苛立つ口調にルキアも少しだけ声を大きくして言葉を返す。 「何で、お前まで脱ぐんだ……?」 「洗い流すんだからいいんだよ」 手早く脱いだ着物は、濡れないように少し離れた小岩の上に置いた。 「まだ着てんのか、早くしろ」 襟元を押さえる手を取り引き寄せるとルキアは小さな叫びを上げた。 それに気付かない振りをして、震える躯を胸に収める。 身を捩って逃れようとする動きを無視して抱き上げ、流れの中に脚を進めた。 ひやりとした感触が荒ぶる熱を少しだけ和らげる。 膝辺りで水が跳ねるとルキアもその冷たさに気付き、抵抗をふと止めた。 「洗うぞ」 ぬるつく躯全体が浸かるように腰を沈めると、返事は待たずに襟を割った。 「きゃ、ああっ! やあ、う……んぁあ!!」 何をしたという訳じゃない。 虚のぬめりか、川の流れなのかもう区別出来ない水けを吸った薄布を剥がそうとしただけだが、指が触れた時のルキアの反応は激しかった。 一度止んだ躯の動きがより大きくなって、抱き抱える足元がぐらついた。 まずい、と思った次の瞬間俺の手の中には薄布が残った。 裸体が派手な水音を立てて目の前で飛沫を上げた。 片袖が引っかかり沈み込むことはなかったが、その躯は頭からまともに水を被っていた。 「おい! 大丈夫か?」 慌てて上体を掴み上げると、酷くむせながらまた身を捩る。一糸纏わぬ自分の状態に気付いているのかも怪しかった。 「やぁぁぁ……」  獣のような呻きだけが口から漏れる。もう着ることのない薄布は、ゆっくり揺らめきながら俺達から遠ざかっていった。   その目には何が映っているのか。   俺から逃げようとしているのか。  ルキアの抵抗が激しいほど、奇妙な熱が胸の中で燻りだす。 「手間掛けさせんな、って」  ずぶ濡れの躯を捕まえると脇を固めた。両腕を左手でまとめ、脚もばたつかない様に腿で押さえた。 「黙ってればすぐ終わるからよ」  流れの中でぬめりを落とす為ルキアに触れた。 「あ、あ……」  残滓はあちこちにこびりついていて、掌で躯中を擦った。その度にびくびくと反応していた躯は、そのうち細かく震えだした。水の中なのに、触れた手足はひどく熱い。  濡れた髪が張りついて出来る陰影がやけに艶めかしく俺を誘う。 ――これはルキアの為にやっているのか、自分の欲なのか。そもそも何で俺は川に浸かってるんだっけな?――  ぼんやりとそんなことを考えながら細いわき腹に触れた時、激しく息を飲む音が聞こえた。 「あ、あああああ――――!!」  濡れた目も口も大きく開かれ、四肢が硬直する。 「いや、嫌ぁ――!! れんじ、れん、じ……ぁ……」 「おい?」  俺の名を最後に呼んで、ルキアはそのまま糸が切れたようにくたりと動かなくなった。  だらりと垂れ下がる手足を見ると、さっきまでの硬直が嘘のようだった。何度声を掛けても、反応も無い代わりに抵抗も無い。 「どうなってんだ、テメーはよ……」  それでも、顔を近づけると静かな呼吸音が聞こえるのが何より救いだった。呻き声を聞くよりよっぽどマシだ。  見たことのないルキアに煽られて、随分な無茶をしたと苦い想いがこみ上げた。押さえつけた手は、力を入れ過ぎて固まっている。強張りを解くと、白い肌にはっきりと指の跡が残っていた。 「……は」  俺を呼んで、自分がやられてるのに俺に無事かなんて訊くような奴に、何だってこんな跡を付けなきゃなんねえんだ?  ルキアが抵抗するのも当たり前だ。これじゃああの訳の分からない虚と何ら変わらない。  あいつの粘液に俺もやられているのか、燻る熱のせいか。見たことのない自分になっているのかもしれないとふと思った。  そうだ、洗い流さなければ。  その為にここに来た。  俺の躯のぬめりは大した量ではない。抱き抱えた時ルキアから付いたものだ。こいつを―― 「すまねぇな……」  荒々しい昂りを抑え、ゆっくりと残滓を拭い取る。柔らかく触れると、緊張の取れた肌は掌の中で容易く形を変えた。意識の無いルキアは、侵入を許さなかった箇所にも俺の手を難なく受け入れる。清浄になる躯とは逆に欲が澱のように溜まり、下肢が熱を持つ。自分に呆れながらどうすることも出来なかった。  洗い流しが済めばいつまでも流れの中にいる必要はない。細い躯を河原に引き上げ、脱いでおいた着物を掴んだ。二人とも躯からはまだ雫が滴っている。片袖を裂いて手拭い代わりに水気を拭き取った。  ルキアの躯なら俺の着物は上着だけで充分な大きさがある。着せておけば冷えることはないだろうと、手早くその身を包んだ。  その間もルキアは目覚めない。時々口から小さな呟きが漏れたが、目を開けることはなかった。  襦袢を纏い傍らに腰掛けると、とたんに疲労に飲み込まれそうになった。脱力しながら思い返す。  あれは何だったのか。どうしてここに現れたのか。 ――――ルキアは何をされたのか――――  躯が一気に熱を帯びる。  絡め取られた姿が目の奥から消えない。  悲鳴とも嬌声ともつかない叫びが耳に反響する。  手の中で震えていた四肢が情欲をを煽る。    血が逆流する  知らずそこに手が伸びた。大きすぎる襟元は合わせが浮いて淡く色づく膨らみが見え隠れする。むき出しより扇情的な眺めだ。  隙間から滑り込ませた指にじわりと熱が伝わる。  それは  俺がやりたいことだ。  ルキアの熱を感じたまま、その手で昂りを掴み擦りあげた。    細い躯を押さえつけ    手足を拘束して    狭い場所に無理にでも侵入する    白い肌には所有の印を刻みつける    消えないように 幾つでも 何度でも    悲鳴が喘ぎに変わり、快楽に呑み込まれるまでそこを掻き回して    ああ、ありがとよ    自覚させてくれて    こんなにも    情欲塗れの自分を    欲しくて欲しくて堪らない    加減を知らないと握り潰しちまう  傍にいるだけでいいなんて綺麗ごとだ。  傍にいれば丸ごと欲しくなる。  俺が望むように、俺を望んで欲しい。  声が嗄れるまで、啼かせて、満たして、他の事を思う隙も無いほどに。  痛いくらいに勃ち上ったものが解放を渇望する。脈打つ音が全身を支配する。  頭の中では声を上げるルキアが勝手に再生された。  「あっ……やぁ、っはあ ああん」  潤んだ目が、零れる声が、紅潮する躯が甘く誘う。  有り得ないような媚態を曝し、欲のままに快楽をねだるルキアに追い詰められる。 「ああ…!はぁぅ、…あぁん、…んゃぁ、…んんっ」  思考が途切れる。 もうすぐ、もう少し。 「っ、あっ、あ……んっ、れん、じ……っ!」   限界だ。   目の前が白くなる。 「く……ル、キアっ……」  無意識に名前が口から漏れた。  同時に、手の内に白濁した欲望をしたたかにぶちまける。  脊髄を走る快楽に、それがびくびくと痙攣した。  収まりきらない粘液は、指の間を伝って流れ落ちた。 「う……」  莫っ迦みてえ。  やられてたのは、本当に俺の方だ。  虚しいような、情けないような気分で弛緩した手足を投げ出し、急激に覚めてゆく頭と躯を横たえた。  確かに衝動のほうが後ろめたさを上回っていた。俺は躊躇いなくルキアの体温を味わい、ルキアで果てた。  あの滑りに 確かに蝕まれたようだ。  はっきりとしたのは ―己の欲―  流されてではなく 自分の意思で満たしたい。  傍らのルキアはまだ静かに目を閉じていた。  訳の分からない虚でもそこだけは感謝してやる、と独り小さく哂って脱力した。  こいつを洗い流して、ルキアを起こして 戻らなけりゃ、な。   END -------------------------------------------------------------------------------- 08.02.23〜04.23 行き当たりばったりで書いた触手をちびちび長々連載してしまいました… 申し訳ありません! でやっと自分の中で話が繋がると、今度は展開が妙な方向に(滝汗) 後半触手話じゃないし、拍手にするのはちょっと…ということでこちらに全アップ。 てか、裏の方が良かった? 皆さまドン引きしないでね!