これはきっと罰だ

   いけないと知りながら

      踏み入ってしまった自分への
   絡みつく銀糸


立場のあるものはそれを弁えて行動するように。

俺の最後通告は拒否されたようだな。
浮竹は苦笑いと、軽い苛立ちを覚えながら戸口に一人佇んだ。
そうだ、お前達の行動は俺をも狂わせる。
お前達が最後の引き金を引いてしまったんだ。


「ありがとうございます」
ふわりと綻んだルキアの笑う顔を見て、彼の頭の中で何かが弾けた。
「っ……」
海燕の腕が、前を歩くルキアを捉えた。
振り返ったルキアを強引に引っ張り、そのまま応接室の扉が軋んだ音と共に開いた。
小さな躯は苦も無くその内に引き摺り込まれる。
一番端のその部屋は日当たりが良くないのであまり使われることは無かった。
実際のところ保管室と化している色合いが強く、
「ここじゃ応接なんて出来ませんよ!」という苦情を浮竹は何度も耳にしていた。
「……!!!んっ……ふ……っ!」
その部屋から今はくぐもった声が聞こえる。

「海……!」
押し付けられる唇を避けてルキアは小さく必死に叫んだ。
「静かに……」
細い手首は頭の上で一つに纏め上げられ、拘束されている。
壁と躯に挟まれ身動きが取れないでいると、捉えられた唇に舌が捩じ込まれ、逃げるルキアのそれと絡みあった。
「……や…んんっ!!」
やっと唇が離れるとルキアは大きく息を吐いた。酸素を求めて胸が激しく上下する。
口端からはどちらのものともつかない銀糸がたらりと伝い、死覇装に零れ落ちた。
乱れた襟元と上気する頬が、海燕の理性を奪う。
いや、そんなものはとっくに打ち捨てられていたのかもしれない。
海燕はルキアを捉えたまま、その躯を床に張り付けにした。
「…………っ!!」
白い首筋に、生温かい唇が生き物のように這う。
「ゃ……!ぁ……っ、う……」
そのまま耳朶に歯を立て甘噛みすると、矮躯がびくりと震えた。
「やっ……あん……」
ルキアの躯が徐々に熱を帯びてくるのを感じて、海燕の熱も煽られ、昂る。
死覇装の胸に掌が置かれようとした時、ルキアは短く叫んだ。
「……だめ……です!!」
海燕は一瞬動きを止めてルキアを見た。
その紫紺と声は困惑と混乱に震えている。
「一体……どうして…… 何故、こんな……」
無言のまま、黒髪が近づく。
鍛えられた手が柔らかなルキアの頬に添えられた。
「……分からない。……分からないけど、どうしようもなく今お前に触れたい」
その答えにルキアは言うべき言葉を失った。
抑えていた想いが止めようも無く溢れ出てくる。
ゆっくりとした口付けを、再び胸元に下りてくる手を無抵抗で受け入れようとしてしまった。


「そこまでだな」
その場の空気を切り裂く言葉に二つの躯が動きを止めた。
喉元に刃を突きつけられているような威圧感。足元を掬われ視界が歪む。
隊長格の霊圧に世界がびりびりと揺らめいた。
扉を背に浮竹は二人を交互に見て低く呟いた。
「……自分達が何をしたのか分かっているだろう」

「…………はい」
ルキアの答えを待たずに浮竹は海燕を見遣ると、
「今日は帰宅して伝令を待つように」と短く告げた。
「朽木は隊首室だ」
いつもの温厚な様子からは想像のつかない厳しい声が二人に降り注いだ。




「朽木、俺だって辛いんだ」眉根を寄せて浮竹は苦悶の表情を作る。
「……部下の不始末は、最終的には俺の不始末だ。
 それに、友人の大切な義妹を預かっている立場上、あってはならないことがある」

「それは、海燕殿のことですか? それとも……」




「今、私にこうして触れていることですか」

「どうだろう……」
浮竹の表情は肩越しでルキアには見えなかった。
「俺は何があったのか訊いているだけだが」
ルキアの態度は崩れない。
海燕の前で柔らかく笑う、少女のような面影は何処にもない。
むしろ妖艶ともいえる色香が滲み出て、願ったり叶ったりだと浮竹は密かにほくそ笑んだ。
「……何がと言われても」
私にも分からないのです、と答えるルキアに浮竹は子供をあやすように話し掛ける。
「でも、お前の声は聞こえたぞ?」
ルキアの瞳が揺れた。思い出しているのか、それだけで乱れるのか。
浮竹の胸に熱い塊が込み上げる。
「聞いていたのなら止めて下さい。悪趣味です」
「だから言ってるだろう。声だけじゃ何があったか分からないって」
「海燕殿は……私が稽古のお礼を言ったら急に手を引いて
「あの応接室に入ったんだな?」
ルキアは無言で頷く。浮竹の視線が続きを促する。
「……いきなり口付けられました」
「抵抗はしなかったのか」
「頭が回りませんでしたし、躯を挟まれましたので」
座って話を聞いていた浮竹が、机を挟んだルキアの隣にゆらりと立つ。
「じゃあ無抵抗のお前を海燕が襲ったという訳か」
「いいえ」
(顔色が変わったぞ、朽木)
それはそうだ。
何の咎も無い部下を力ずくで、なんてどう言い訳しても済まされるような事ではない。
任を解かれるか、下手をすれば護廷から姿を消す事にもなりかねない。
「私は……」苦しげな顔でルキアが呟く。
「私が、誘いをかけたのかもしれません」
そうやって、何時の間にかルキアは浮竹の張った糸に掛かる。
海燕に非は無い。自分がいけないのだという結論に、知らず絡め取られ、導かれる。

「そうかもしれないな……今のように」
言い終わらないうちにルキアの躯は背後の壁に押し付けられ、噛み付くような口付けが降って来た。
「んんっ!」隊長羽織を掴む手に力がこもるが、体格差は如何ともし難い。
そのうち握られた指が解け、縋るような動きを見せた。
「ふ……っ、う、ん……っ」
「海燕にもこうやって応えたのか」
わざとそうやって囁いてみると面白いくらいに躯が反応する。
この上司を振り解きたい。だが海燕を誘ったのは自分だと言ったのだ。今更小娘の様な真似は出来ない。
どうにも身動きの取れないルキアを見透かして、浮竹は思う存分に桜色の唇を蹂躙した。
歯で甘噛みし、舌で舐り、歯列をなぞり、唾液を流し込む。
乱れた息が、震える躯が、扇情的で愛おしくて

――引き裂いてしまいたい――

赤い痕が残る首筋を撫で、そのまま襟元から手を滑らせて衣の下に侵入すると、熱い肌の感触が掌に伝わる。
「確かにお前が誘いをかけてるよ……朽木」
ルキアは目を伏せて、否定も肯定も口にしなかった。

「……妻帯者は止めておけ」
何度目かの唇の拘束を解いて浮竹は呟く。
「互いが独り身なら他人にどうこう言われる筋合いは無いんだがな」

「互いが、独り身で……私が、自ら選んだなら?」
熱に浮かされたようにルキアが浮竹の言葉を繰り返す。
「ああ、白哉でもそれがお前の望みなら最後には許すだろう?」
「貴方は……」



  なあ
  なりふり構わずお前を手に入れたいんだ
  そう言ったら
  朽木

  お前はどんな顔をするんだろうな?