『優しくしてやろうか』


 寒い。
 息を吸うと冷気の欠片が喉を刺す。鋭さを失わないままのそれが、躯を内から震え上がらせる。
 手足はじんじんと脈打ち、痛みと区別が付かなくなっている。
 いくら厚着をしても、重ねた衣が重いだけで温かみなどまるで感じられない。
 関節は油の切れた機械のように、ぎしぎしと悲鳴を上げてやっと動く。
 足元へ滴り落ちる体液は、貴重な熱と気力を奪って、不快感だけを私に与えた。

 歩くのでさえ億劫で、だが、さすがにそれは人任せには出来ないことで。
 そこまで引き受けてくれるような、物好きはいないだろうし。
 思うように動かない己の躯に歯噛みしながら、物思いを反芻する。
 いないだろうか。
 本当にいないだろうか。
 問い掛けてみて、頭に一つの影が浮かぶと

 口端に笑みが浮かんだ。

 踵を返して影の元へ向かう。
 軋む躯を引き摺りながら
 この憂さを、少しでも晴らしてくれる事を、密かに期待しながら。


 影の元に辿り着く。
 椿の扉の内側で、私を迎え入れて驚いたように名前を呼ぶ。
 体液と体温を失い、蒼白になっているだろう顔をじっと見つめると
 諦めたように大きく溜息を吐く。
 私が何をしに来たのか、分かっているんだろう?
 しばらくの沈黙の後
「優しくしてやろうか」と可愛げのない言葉を掛けてくるから
「優しくされてやりにきた」と返しておいた。
 呆れるか?
 仕方ないだろう 今はそういう状態なのだから。
「……寒いんだ」
「へいへい」
「歩けない」
「分かりました」
 机の上の書類がすいと片付けられ「いいぞ」と手招きされたから
「優しくするんだろう?」
 と
 両手を広げて伸ばしてみた。


 早くしてくれ

 ほんとうに 寒いんだから

 ほんとうに 動けないんだから