「此処で結婚式の続きをやらないか?」
「わかってるのか?」
「わかっている……」
格子の中に細い手が伸びた。金属の冷たさが肌を粟立てるのか、自分のやろうとしている事への畏れか。それでも引き返すつもりはなかった。
ルキアの手が恋次の頬に添えられる。いつもなら指に絡む燃える色が今は無い。そのことがまたルキアの胸を締め付けた。
「……んな泣きそうな顔すんなって」
「だっ、て」
「髪はまた伸びるんだからよ」
差し伸べられた手に恋次は口付ける。その眼光は牢の中でも失われてはいない。
「ゃ……!」
ルキアの背中に軽い電流のような痺れが走った。ぬるりとした舌が指の間を舐め上げる。
「どうした?」
背中に汗が滲んだ。たったこれだけで躯が簡単に反応する。こんな状況で過敏になっているのだろうか。自分が酷く浅ましく思えてルキアは恋次の視線を避けて俯いた。差し入れた左手に受ける、全ての感覚を集めたような快楽に唇を噛み、右手は格子を握り締め色を失っていた。
「……力入れ過ぎだ」
小さく震える掌を見て恋次は苦笑する。唇が指を解放して息を吐く様子を見ていると、自分が悪さをしているような気分になり加虐心に火種が点った。
「っ……痛!」
ルキアが驚いて目を遣ると恋次の離れた筈の口がまた細い指を咥えていた。じんとした痛みと柔らかな舌の感触が背中を走り抜ける。
「や、なに、して……」
困惑と快楽の入り混じった表情に恋次の胸は躍り高鳴った。
「此処じゃなんにもねえからな」
口から引き抜かれた指は銀の糸を引く。その華奢な根元に紅く噛み痕が浮かび上がった。
「しるしだよ。結婚式だろ?」
にやりと笑うその顔を見てルキアの鼓動が跳ね上がった。
ああ、どうしていつまで経っても慣れないんだろう。毎回こんなに振り回されていたら心臓がもたないのに。噛まれた指が熱い。脚に力が入らない。
躯を預けた格子に、右手が辛うじて縋りつき崩れ落ちるのを引き止めていた。
そんなルキアを満足そうに恋次は眺める。
「立ってるの、辛いか?」
無言のまま首が縦に振られるのを見ると
「じゃあ」と、その場に腰を下ろしルキアにも座るよう促す。
「その代わり」低く、甘い声が命じた。「もっと近づけよ」
横座りのルキアが言われるまま格子に身を寄せると、差し出された腕が更に細腰を抱き寄せた。
「こんなんじゃあな」
小さな叫びが漏れるのも構わずに、恋次は嬉しそうに喉の奥で笑う。
「……来ないと届かねえだろ?」
固まりそうな右の指をゆっくり解き、左手と同様に舌を絡ませるとルキアの躯はまた素直に反応した。
「ん……」
見上げる紫紺の瞳は既に揺れて潤んでいる。格子に阻まれてもどかしい位の刺激が、ゆっくりと背筋を降りて躯の中に溜まる。その場所を確かめるように掌が腰をなぞった。ごつごつした指とは対照的な動きはルキアの熱を否応なしに高めていく。
「あっ……!」
指を解放した唇がそのまま頭に寄せられて、耳朶を啄んだ。反射的に跳ねた躯が格子と距離をとる。荒い息で震える胸は自分の反応に戸惑い、過剰過ぎる感覚を持て余しているようだった。
「逃げるなよ。お前から来たんだぜ」
「……何か変、だ」
「変?」
「……ぼおっとする」
「そりゃあ」恋次の手が伸びルキアの顎を掴むと、そのまま嬉しそうに呟いた。
「いつもより感じてるってことじゃあねえ?」
ルキアの顔が見る見る染まる。
「そんなこと!」
「無いのか?」
二の句が告げないルキアに含みのある笑顔が追い討ちを掛けた。
「……試してみるか」
何を莫迦な、と口を開く前にルキアの言葉は行き場所を失った。
そこは恋次で占められて息の漏れる隙も無い。熱く滑る舌で塞がれ弄ばれる口内には、息苦しさと同時に誤魔化しようのない快楽がもたらされ、ルキアはそれを十二分に受け取る。自ら舌を絡め熱を貪る姿を堪能すれば恋次自身も昂らずにはいられない。互いに熱を交換し合い、官能を引きずり出す。
「……!」
襟元を割ろうとする手に一瞬躯が捩れたが、低い呟きがその動きを止めた。
「逃げんなって言ったろ?」
「こんなもんがあるから捕まえてるような訳にゃいかねえんだ……」
「テメーから来なきゃあな」
普段の交わりと全く違うそれはルキアの思考を麻痺させる。恋次の求めに応じて、自分も煽られる。
僅かの間をおいてから言葉の通り、魔法をかけられたようにゆるゆると躯が格子の正面を向いた。ルキアは自らを差し出し両手を伸ばす。その手は肩へと回され襦袢を握りしめた。
「恋次……」絞り出すような声が訴える。
「どう……すれば、いい?」
「どうしたい?」
「え……?」
「お前がしたいようにしてやるよ」
望みを言葉に、と言われたことは無かった。考える間もなく恋次に翻弄され、思考が弾け、何を口にしたか分からないまま高みに上りつめるのがルキアの毎回の常だった。
改めて問われて自分の望みを意識すると、それだけで顔が熱く火照る。
そんな様子を十二分に分かりながら、更に言葉を引き出そうとする悪趣味な男と、その腕に飛び込んだ無謀な女。
そう、自分はきっとどうかしている。こんなこと普段は言わない、しない。
考えられない。
なのに
「触っ、て……」
「了解」
そんな言の葉が零れた。