『夢の話』


「あ」

 恋次が触れた箇所から輪郭が崩れる。その指が膨らみの始まりをなぞると掠れた声が口を吐いて出た。
 僅かな刺激は往復するたびに肌を染めルキアの胸は大きく震えた。壊れ物を扱うような動きでは既に物足りなかった。 燻る感覚に躯が焦れる。だが恋次は相変わらず同じような刺激しか与えなかった。 本当に、口にしたことだけをするつもりなのかとルキアの目線が訴えた。
 咎めるような請うような表情に気付かない振りをしても口端からは笑みが零れ、獣の欲が湧く。
「どうした?」
 分かっていてわざと尋ねるのは、ルキアからの言葉を引き出すために。
「……っと」
 その声は小さく途切れ意味を成さなかったが、願う処は分かりきっている。覆う手に力が入ると、ささやかな膨らみはその通りに形を変えた。
 ルキアの吐息に色が混じる。主張を始めた蕾は摘まむとそのまま硬く立ち上がって更なる刺激を欲しがった。
「はぁ……あ」
 艶のある声に合わせて右の胸が揉みしだかれると、触れていない頂までもがぴんと形を変えてくる。
「悪いな」恋次は細い手をそこに導いて笑った。「こっちは手前でやってくれ」
 ルキアの掌の中に左胸を収め、そのまま腕から脇、腰と骨張った指が移動した。

 自分に触れることなどなかった。まして他者の視線に曝されてなんて、顔から火が出そうだとルキアは身悶えた。
 悶えながらも行為に溺れていく。熱い吐息が漏れる。
 その手が別の生き物のように自らを弄び、違うリズムの快感を貪った。
「ん……ぁ、あっ!」
 気付かないうちに、下がった恋次の指が柔らかな内腿を伝った。
「やぁ……」
 更に新たな箇所への愛撫で腰が砕けそうになったルキアに「我慢しろって」と声を掛けて指は奥へ奥へと進む。
「潰れちまったら出来ねえからな?」
浅い吐息と脈打つ鼓動にルキアは眉を顰める。羞恥と快楽が紙一重で入り混じり意識が混濁した。侵入する指に思考を掻き回される。
「……あ、ぁあっん……!」矮躯が激しく反り返った。
「やあ……」
「嫌なら止めるぞ?」
「駄、目」
「どの駄目だよ」
「止め……ちゃ、嫌ぁ……駄目ぇ!」
 願いを聞き入れた指は一際深く奥を抉り花芯を擦る。
「仕方ねえなあ」
「――――!」ルキアの内襞が波打った。下腹部に溜まった熱と痺れが一気に弾けて全身に広がる。 唇からは言葉にならない喘ぎと透明な雫がとめどなく溢れ、首筋を伝って流れ落ちた。

 躯は脱力してして言うことをきかないのに、何故自分は崩れ落ちないのだろうと、ルキアはぼんやり目を見開いた。 嬉しそうに覗き込む顔と視線がぶつかる。反射的に身を捩って気がついた、二つの感触。
「ぅ、ん……」
 それは内に穿たれたままの指と、格子越しに腰を抱える逞しい腕。 いつの間に抱き留められていたのか、こんな事が分からないなんて、と僅かに戻った理性が頬を熱くする。
「あんま暴れんなよ。結構大変なんだぜ」
 それは恐らく本当の事だ。華奢な躯は力任せに掴まれたなら、格子に挟まれて容易く悲鳴を上げていただろう。 だが、圧迫感など微塵も感じること無くルキアは躯を火照らせた。そして恋次の腕に支えられたまま、次の快楽を求めて内部が蕩け出す。
「……暴れて、なんか」
 風を切るようにひゅ、と喉が鳴った。節くれだった指が蠢くと襞がまた誘い込む動きを示す。それは素直な躯の反応だ。 羞恥も、躊躇いも、遠慮もなく、与えられたものを味わい、喜び、もっとと強請る。
「や、待っ……」
 言葉とは別のことを語るそこは恋次の手をしとどに濡らした。
「待たねえ」
 強すぎる快楽に煽られた感覚は何もかもを刺激として拾う。触れる皮膚が、粘膜が、聞こえる囁きが。全てがルキアを別の世界へと連れ去る。
 感じるままに上げる嬌声が何も無い牢に響き、やがてその声は悦びの以外の切迫感を増していった。
「れん、じ、恋次……!」
 懇願の色を湛えて名前を呼ぶルキアの目は涙で潤む。焦れた躯はどうしようもない程、熱で満たされることを望む。ふ、と蠢く指が止まった。
「……したいようにしてやるって言ったろ?」
 一言だけ発して恋次はルキアを見た。
 その視線に絡め取られる。
 見透かされている。
 したいように――その声に支配されて、襞が動かない指を咥え込んで脈打つ。
 でもこれじゃない。望むのはもっと熱く、圧倒的なもの。
「恋次が、いい。指じゃなく……お前を感じたい」

 素直に吐き出されたその言葉通りずるり、と引き抜かれた指を伝い、溢れる蜜が内腿を濡らした。
「立てるか?」
 問い掛けに応じて脚に力を入れると、腕がふわりと躯を引き上げた。ふらつきながらも何とかルキアは己を支える。 下肢が震えて、一人ではとても立ち続けることは出来なかった。 燻る快楽は拷問と同じだ。満たされないままでは渇きは酷くなる一方だ。
「や、んっ……ん、ぅ」
 唇を貪られるとルキアの訴えは意味を成さない音の集まりになる。 それでも切羽詰った思いはしっかり伝わるもんだと恋次は独りほくそ笑んだ。
――――入れて、欲しい――――
 願いと熱を嬲る舌で受け止めながら腰紐を緩め、己の猛りを解放する。
「向こう、向け」
 唇を離してルキアをくるりと回すと、その小さな躯が宙に浮いた。 格子を挟んで鍛え上げた腕が細い腰を抱え上げ、片手が胸元を這い上がった。
 目線が急に移動した事に驚き、ルキアは思わず声を上げた。
「な、あっ……! れ、恋次!」
 不安定な姿勢のままぬるりとしたそこに自分ではない熱を感じて、白い喉が仰け反る。
「さっき言ったろ? 暴れんなって」
 低く囁かれて動きが止まった次の瞬間、圧倒的な質量を持った猛りがルキアを貫いた。
「は、あ、あああぁ!」
 狭い肉壁を割って侵入する感覚に血が沸き立つ。
 熱く滾る快感が全身を支配する。
 待ち望んでいたものが与えられ、ルキアの口からは途切れることなく悲鳴のような嬌声が漏れた。
「あんま動けねえから、な」
 恋次の腰が緩やかに円を描く。
 激しくはないがその動きは確実にルキアを高みへと誘う。繋がった箇所からはぐちゅりと淫猥な水音が響いた。
 熱く震える内壁が悦びに蠢く度に恋次を締め上げ、煽り、互いの熱を昂らせた。
 白い肌に汗が滲む。快楽に悶えて振り向く顔は紛れもなく女の顔で、それが一層雄の劣情を掻き立てる。
 胸から鎖骨を這い、首筋へと上った指が細いあごを伝うとその頬を撫でた。 そのまま唇を弄って口の中に侵入すると、小さな舌がぬるりと節に絡む。
 その陶然とした表情に口端を上げながら恋次は呟く。
「ずっと……したいようにしてやるよ」
 深く抉るように抱え直されて、もがくルキアは口を塞ぐその指に噛りつく。
 短い呻きが透明な雫と共に掌をつうと伝い、そのままぽたりと流れ落ちた。

「ひぁ!」
 ゆっくりとした抽送とは別に、濡れた指が膨らみの頂点を捏ねると、背中を突き抜ける感覚がルキアを飲み込む。
「あぁ、や……もう……」
 ルキアの内壁はざわめき収縮して恋次を奥へ奥へと誘い始める。 自分が動くまでもなくきつく絡み付いてくる肉襞に追い立てられ、限界の予感に恋次は息を飲んだ。 粘着質で淫猥な水音が、獣じみた荒い息遣いが辺りを埋め尽くす。
「いっちまえよ、ルキア」
 耳元で低く囁くと、焦点の合わない瞳が宙を見つめた。その端からは歓喜の涙が、口からは一際高い声が零れる。 快楽の波に飲み込まれ、ルキアが全身をがくがくと痙攣させると、 恋次もその締め付けに合わせて己を解放し、ルキアの中に大量の精を吐き出した。 




 目の眩む開放感に身を任せて脱力してしまいたかったが、ルキアを支える為に恋次は己を何とか押し留めた。小さな四肢はくったりと力を失って、腕の内で目を閉じている。
 二人の間の格子は相変わらずの存在感を示していたが、体温を移し幾分柔らかく肌に当る。質感が変わるなど有り得ないことなのに、そのように感じるのは恐らく自分が満たされたからだと恋次は苦笑した。
 そして改めて誓う。何があってもこの手を放さないと。

 視線を落とすと自分の左手が目に映る。
 矮躯を抱えたその手は、ほんの少し前に柔肌の上を這っていた。弄り、味わい舌を嬲った時に、苦痛と混じりあった快楽のままルキアがつけた痕が残る。自分がルキアに与えたものと同じように、紅く、疼きを伴うしるし。
 それはいずれ消えてしまうものだが、二人の記憶には確実に刻まれるのだ。

「……早く本物にしなきゃ、な……」
 自分の指に唇を近づけて恋次は一人呟く。
 今はまだ何もない細い指を取り、互いのしるしを絡ませて

 そう遠くない未来に思いを馳せながら。