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子供達は全てに渇望していた。それはここでは当たり前のことだ。何もかもが足りない。食べること、寝ること。安心は側には無かった。
力が欲しかった。それは只々自分と、その周りの僅かなものを守るために望んだことだ。
だが子供は気が付かない。――不釣り合いな力は自らを蝕むことを――
「早くしろ、捕まるぞ!」
先頭を走っていた一人が振り向き鋭い声を出した。息が切れがちな二人はその一言に目を見開き、背後の恐怖を思いだしまた力を振り絞る。だが身の竦む思いは却って四肢の自由を奪った。
「あっ!」
一人の足が縺れた。抱えていた収穫物がまわり中に転がり落ちる。気持ちだけが前に進み、身体は置き去りにされていた。強かに膝を打った子の顔は苦痛で歪んだ。
「……もう嫌だよぉ!痛い、痛いよぉ!」
張り詰めたものが切れて子供は激しく泣き喚く。しかし、それで状況が良くなることなどないのだ。大声を上げれば、居場所が知れる。逃げている身としては喜ばしいことではない。まとわりつく視線も決して自分達の味方をしている訳ではなく、手の中の獲物に興味があるだけだ。自分の身は自分で守る、それが鉄則なのだ。
「これ持って帰るんだろう? みんな待ってんだ」
「俺、もう無理だ……先行ってて」
二、三歩と戻ってきた子の眼光が、弱音を吐く子を射抜く。
「置いてけってのか?」
「……だってこれじゃ」
言い終わらないうちに小さな子の身体は、大きな背中の上に乗った。
「お前がこれ全部持て。俺はこいつを運ぶ。急げよ!」
「恋ちゃん!」
「行けって言われて、はいそうですかって出来るかよ」
三人分の水や食料を集め、抱えた子が「いいよ!」と叫ぶと、また子供達は仲間の待つ方へと走り出した。
「ごめん……俺、もっと強くなるから」
背中の声は小さかった。
「おう、今日の倍くらいの獲物頼むな!」
必要以上に大きな声の返事が響く。
『次』を話すには未来が続いているという前提が必要だ。頼りない足元のまま紡ぐ言葉はどこか虚ろで、儚げだった。それでも全てを諦めるにはまだ早い、彼らはほんの子供だった。
彼はわざと声を張り上げる。
「もうちょいで着くぞ!」
心中は周囲のあらゆる物に焔を燃やしていても、仲間に向ける目は優しかった。そしてまた「力が欲しい」と歯噛みする。支配の為ではなく、守るための力が、と。
「――じ、恋次、どうした?」
名前を呼ばれて初めて、自分がうなされていたのが分かった。躯中が汗にまみれていた。覗き込む目に不安の色が浮かぶ。
「……夢見てた」
ひたいを拭った。自分の声が妙に嗄れて不愉快だった。大分経つが忘れたことはない。腕力だけではどうにもならないことがある。あの時背負って連れ帰った子は、傷の治りが思わしくなく、それから外に出ることは二度と無かった。体力の落ちた躯は寒さに耐えられず、その冬俺達は家族を一人失った。
「てめー俺の分まで飯食ってたぞ!」
「はあ?夢の中の話まで知らんわ!」
心配して損したとばかりにずんずん離れていく影を見て、ため息をつく。躯は以前より成長したが、この手は零れ落ちるものの方多いと分かった今は余計な心配などさせたくなかった。
何故あの時の夢を見たのだろう。また寒い季節が近づくからか?
明確な答えの出ないまま、ぼんやりと座り込んでいると躯の熱が汗と共に引いていくのを感じた。