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 何をしている。

 目の前の驚いた顔が俺を見つめる。
 俺も驚いている。何故俺はこいつを組み敷いているんだろう。 左手は片手でこいつの両手首を掴まえて、床に貼り付けている。体重を掛けてしまえば矮躯は逃げ出すどころか、身動き一つ取れやしない。 そうだ、こんなに俺とお前は違うものになってしまった。 それは護るための変貌だと思っていたのに。
 ここでは力は絶対だったから、強靭な心も、成長した躯も生き延びるためには不可欠だった。 何より自分だけではなく、家族がいた。皆を護っていかなければと思っていた。そのために望んだもので、俺は護るはずの、何より大切にしたいこいつに何をするつもりだ?
 自分の中の黒い蠢きに足元から呑み込まれていく。体液が冷たく逆流するのに頭は熱に浮かされる。
 そうして思い至る、これは現実ではないと。

 でなければ有り得ない。
 眼下の顔が驚きの表情から、急に色を湛えた視線に変わり、口元が僅かに綻んで俺の名前を形作るなんて、都合のいい白昼夢だ。 奇妙な浮遊感に包まれていると、戒めからいつの間にか抜け出した手が逆に俺の躯を包む。 白く、細い指が背中に回されると触れた所からじんわりと熱が移り、全身に広がっていった。

 これが俺の願望なのか。
 護るのではなく捩じ伏せたい。
 抱えるのではなく貪りたい。
 何時からだ?
 何時からこんな風になったんだ?
 分からない。
 分からないけど――

 この渇きは嘘ではない。

 都合のいい夢なら いっそ溺れてしまえば。
 蠱惑的な囁きが思考を奪う。

「 れ   ん   じ 」

 誘われた先は 甘い蜜なのか
 滴る毒なのか。



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