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氷水のタオルが心地良かった。額に当てるとひんやりと眼の奥まで染みた。
「大丈夫ですか、朽木サン?」
顔が半分隠れているのが有難かった。「すまない…」と一言だけ言った。
ふう、と大きなため息が聞こえた。
「貴女は変なところで我慢するから――」
声と気配が急に近づいた。「…だから、こんな傷を付けられる。」
「っ…」
首筋に落とされた唇の感触に、これは浦原の悪趣味な治療だと分かっていても、声が漏れた。
「ま、それが貴女らしいとこだから、仕方ないんですけどね。」
「私、らしい…」

「折れないでしょ?」
折れない?
まだ足りないのか。どれだけ差し出せばいいと言うのだ?
「…容易い貴女を喜ぶのは、短絡的な奴だけですよ。」



「・・・・・・そうそう上手くは乗らない・・と?」
「さあ…て」

浦原は枕元の錠剤を指して言った。
「義骸の方はこれ飲んでおいてください。それで十分です。
 あとは」

「気持ちを落ち着けてください。」

「…少し寝かせてもらう。」
一人ベッドに残されてまどろみながら、私は頭の中で言葉を巡らせた。そうだ、思い出そう。何故こうなったか、どうするつもりだったか。私は何を望んでいたか―――
望み?
一番の望みはもう手が届かない。道ははるか昔に違えてしまった。
私は『死神 朽木ルキア』であることを選んだのだ。それは、この手から零れ落ちた望みと引きかえにした事。失う訳にはいかない。
能力の譲渡が重罪なのは解っている。罪に問われるのは覚悟しているが、恐ろしくはない。
だが、今のこの躯。その時私の霊力は回復しているのだろうか?無様なまま連れ戻され、裁かれるのだけは避けたい。回復するだけの時間が欲しい。

何て勝手な理由、自分本意な理屈だろう…

そんな自分を感じながらも、私は何故か酷く安心して眠りに落ちていった。








夢を見た。
幸せな、寄り添う夢を。
夢だと解っているのに
目が覚めた時、涙が零れるような夢を。


窓の外は薄明るくなってきていた。私は商店を出て、一護の部屋へ向かった。
着替えと鞄が必要だった。連日浦原に調達してもらう訳にはいかない。一護を起こさないように、用件だけを済ませて学校へ向かうつもりだった。
窓は開け放たれていた。音を立てぬように部屋へ入ると一護は壁側を向いて眠っていた。起きる気配は無い。そういえば寝れなかったような事を言っていたな、と思い出した。手早く制服と鞄の中身を集めると、背中に「すまない。」と詫びて部屋を後にした。

学校は部活動の朝練とやらで、案外早くから開いている。私は目立たぬよう屋上に行き、身支度を整えて寝転んだ。始業の少し前のざわめきに紛れて教室に入ろう、そして昨日と変わらない態度で過ごそう。
一護と滞りなく話せるだろうか? いや話さなくては代行にならない。そんな不安は持つべきではないのだ…



「・・・・・・おい、」

「起きろ、昼だぞ」
一護の声が間近で聞こえて、私は飛び起きた。見回すと、いつもの顔ぶれがパンやお弁当持参で集まっていた。どうやら私は寝過ごしてしまったらしい。
「教室にいないと思ったら…サボりか」
私が言い返す前に一護はコンビニの袋を差し出した。
「昼飯な。」言われて、朝から何も口にしていないのに気がついた。
「む、すまない…」
「すまないよりありがとうって言えよな。」相変わらず無愛想だが、基本的にこの子どもは優しい。今朝私が言ったことを聞いていたのか?とふと思った。

  
070910