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昼休み終了間際に、指令が入った。次の授業のため、教室を大勢で移動しているところだった。伝令神機の音は一護にも聞こえたらしくこちらを伺っていた。
「…虚だ、抜けるぞ。」人の間を縫って一護の横に立ち、そっと告げた。ざわつきの中に紛れると行動が容易かった。私達は校舎を後にして、目的地へと向かった。

「15分後、5丁目の駐車場だ。」
「わーった」
必要以外の言葉を探し損ねたように、会話はすぐに途切れた。
「気を逸らすなよ。これ以上の負傷は私でも、貴様でも御免だ。」

「…俺も嫌だ。」
そうだ、この子どもは自分より回りの人間を護りたい奴だ。
「お前の方はどうなんだよ…?」
「大丈夫だ。メンテナンスを兼ねても昨日は投薬だけだった。」
一護の顔がようやくこちらを向いた。眉間の皺が僅かに緩む。

「…だから案ずるな。出るぞ!」指定の駐車場に着き、私は一護の魂魄を押し出した。ほぼ同時に、風景の一部が歪み、何もない空間から白い面がゆらりと姿を覗かせた。 有難いことに、そいつがそう質の悪い虚ではないことは霊圧から判断がついた。
魂の抜けた身体を見守りながら、私は一護が虚を倒し終えるのを待った。

今の私は待つことしか出来ない。それが現実だ。
回復するまで…それまでは代行を続けていかねばならない。たとえどんな事態に陥ろうともだ。私は気付かぬうちに、横たわる身体の腕を握りしめていた。



「終わったぜ」声をかけられ、びくりと手を離すと、そこにははっきりと赤い爪痕が残った。
「大した奴じゃなかったな…って、何だ痛ぇーぞ!」自分の身体に戻った一護が叫んだ。
「あ…あ、悪かった。」
「虚じゃなくてお前が傷付けてどーすんだよ」
「済まない、今治す」翳そうとした手を一護が遮った。
「や、それは、いい… 余計な力使うなよ。」
「余計とは何だ!」
「こんなん、しばらくすりゃ消えるだろう? 」 放っときゃいい、と一護は言った。
「・・・・なら帰ろう。今なら次の授業に間に合う。」
ああ、また気を遣わせてしまった。踵を返し、走りながら私はため息をついた。

居心地が悪い。


早く帰らねば。


――――何処へ?


還るところなんてあるのか?

慌てて頭を振る。
何としてもと言っておきながら…気を逸らしているのは自分の方じゃないか。莫迦者だ、私は。
顔を見られないように前を走った。今の私は情けない表情をしている。学校に着くまでには元に戻らなければ。

気持ちを落ち着けて、と言った浦原の言葉が私を掠めていった。


人が多いところは雑多に紛れていられるので、ある意味気楽だ。学校にいる時がそうだった。でなければ、どうしても色々想いを巡らせることが有り過ぎる。



英語の課題がさっぱり進まなかった。授業を抜ける事が多いと 解らないものがますます解らなくなる。
夕食後 明日は当たる、と一護は黙々と問題を解いていくが私には呪文にしか見えない。 教科書の字面を眺めているだけで、頭はちっとも働かなかった。
押入れに座った私は、取り組みを早々に諦めた。そしてさらさらと動くペンの音を聞きながら一護の手を眺めた。
本来なら、刀を持つことなど在り得ない。筆記用具が似合う手だと思った。魂葬を繰り返しているうちに幾らかごつくなっただろうか。

ふと手が止まり、顔を上げると視線が合った。
「…お前、自分でする気ねーだろ。」
「仕方なかろう?現代語の他に外国語など、無理だ。」
「で、俺が終わるの待ってる訳か?」
「うむ、邪魔はしてないぞ」

「いや…見られてると気ぃ散るんだけど。」
そんなにじっと見ていただろうか。

「そう…か。  じゃあ終わったら呼んでくれ。」
そう言って、私は開けていた片側の押入れを閉めた。

  
070915