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「火を点けたのはお前だろう?」
笑いながら唇を啄んだ。

「今更止めるのか?」

「…止めねえ。」

憮然とした顔で一護は言葉を返し、一呼吸おいてから私の中に侵入してきた。歯列をなぞり、柔らかく滑る舌を絡ませて互いを貪りあった。
「ん…ぅ」
しびれるような欲が躯の中心に溜まってゆく。
唇が首筋に移動して耳元からゆるゆると舐め上げられた。大きな手が、制服のブラウスごと左胸を包みこんで、布越しの刺激に中心が固く立ち上がってくる。
「はぁ…っ」

「…お前のそんな声、初めて聞いた。」
私も、そんな顔のお前は初めて見たよ。欲情を隠そうとしない、狩りをする獣の目だ。こちらの様子を伺うような気配はどこにもないじゃないか。
そんなことを考えながら、与えられる快楽に全てを委ねようとしたその時



ピピピピピピピピ…

不快な電子音がポケットから鳴り響いた。静かな個室で、その音はやけに反響していた。
虚出現を告げる音。今一番聞きたくない音だった。反射的に躯を離したが、熱に浮かされた頭は緩やかにしか回転しない。

緩慢に伝令神機を取出し指令を見た。
「――5分後、東部公園。ここの隣だ、急ぐぞ。」
自分に言い聞かせながら、明らかに不満な顔の一護にもそう告げた。仕方ないだろう。聞きたくないと言っても、これは死神の本分だ。自分の欲を優先させる程堕ちてはいないし、堕ちるつもりもない。いつものようにグローブをはめて魂を押し出した。
「行くぞ!」

燻る熱を抑え込むのに、わざと大きな声を出した。躯を置いて行くにはちょうど良い場所だったなと思って、少し苦笑した。



道路を一本挟んだ向かいの公園は、緑の多い所だった。昼間はその木陰で休む者に快適な涼しさを与えるが、夕闇は一足早くやって来る。 人気が少なくなると、代わりに怪しげな輩が集まる場所でもあった。

しかし一護と私が足を踏み入れた時、公園の中は既に禍々しい霊圧で満ち溢れていて、蠢くものは何一つない状態だった。

明らかにこちらを伺う気配を感じて私は唇を噛んだ。
「一護!」
「わあってるって。喰う気満々みたいだな。」
相手の見えない睨み合いの時間が暫く続き、額を汗が伝った。


斬魄刀を構えながら辺りを伺う一護の正面に、そいつは突如姿を現した。
「!」
斬り付ける間合いではなく、出方を見た一護は、そいつの放った閃光にまともに包まれた。後ろに居た私でも暫く目を開けられなかった。

「一護、無事か!?」

波動のようなものは感じられなかったので、直接攻撃を受けた訳ではないと分かったが、視覚を奪われていてはまずい。そう思って呼び掛けたのだ。

だが返事はなかった。



「一護!」
私が見たものは、構えを解き一点に宙を見つめる一護だった。どうしたというのか、隙だらけで、いや、あろうことかそのまま虚に向かって歩き出したのだ。


「…ルキア?」



「何を呆けている!」
一護の耳には私の声は聞こえていないようだった。

まずい。このままでは無防備なまま虚の射程範囲に踏み込む。こいつは動作は素早くない代わりに、獲物を誘い込むタイプのようだ。構えもせずにあの爪の攻撃を受けたら、死神と言えどもそのダメージは計り知れない。

出来るか?
「君臨者よ!血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ!」
一護は歩みを止めない。詠唱が終わるまで間に合わない。
「焦熱と争乱 海隔て逆巻き南へと歩を進めよ!」私は一護に体当たりをしてその躯を押し戻した。
「破道の三十一! 赤火砲!!」
激しい爆音と煙が渦を巻いた。どうだ?効いているのか?
私の力はなかなか回復しなかった。治癒はともかく、攻撃にはまるで使い物にならない状態が続いていた。今も期待はしていなかったが、敵の注意を無防備な死神からこちらへ逸らすことはできたようだ。

虚の面がゆっくりとこちらを向いた。

  
070716