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嵐をやり過ごすため、躯を丸めて蹲った。自分の脈打つ音さえ耐えなければならない。固く目を閉じれば、闇に包まれた。その中に浮かび上がるのは―――幻の紅。
偽りなのに
目の前から消してしまいたくてこんな事態に陥った。
あの姿を見て、
あの声を聞いて
どうしようもなくなるなんて
こんな私は本当にたわけだ。
揺らがないと決めたのに。
お前が捕らえているんじゃない。私が捕らえて放さないんだ。
あの日あった事、あれはしるし。
―――お前は俺のもの 俺はお前のもの―――
その刻印は消えない。私が覚えていれば消えることはない。
どれだけ意識を手放していたのか、気がつくと嵐は収まっていた。呼吸も拍動も穏やかなリズムで躯の中を流れている。胡散臭いが、治療というのは本当だったんだと感心した。
しばらくはただ天井を見たまま寝そべっていたが、起きようと畳に手をついた。上体を起こして目に入った自分の姿に、思わず絶句した。
ブラウスはボタンが外れ肌蹴たまま、
スカートのプリーツがくしゃくしゃになって腰に纏わりついている。下着が丸まって、辛うじて右足首に引っ掛かっているのがひどく淫猥だった。
「何て格好なんだ…」
そして先程の行為を思い出すとまた躯がざわつく。
「…どうすればいい?」
揺らがないはずの私は、たかが一日の出来事に激しく揺らいでいた。脆いものだ、とため息が出た。
「他の男を想うアナタも悪くないですけどね。」
急に言われて、その声の方へ振り向いた。いつの間にか浦原が戸口に佇んでいた。
「また後で来ますって言ったでしょ?そんな顔しないで下さいよ。」
へらりとした口調が逆に気に障って、眉をしかめてしまった。
「…着替えが、一揃え欲しい。それにこの制服はもう使えない。」
「そうですね。それと」ちょっと見せて下さい、と浦原は私の左腕を取った。当ててあった包帯をしゅるしゅると解く。
昨夜手当を受けたそこは、固まってはいたが赤い顔を晒していた。動かすと鈍い痛みが走る。
「っ…」
「綺麗な肌なのにねえ」
柔らかな舌の感触に背中がぞくりとした。
「浦原… 貴様、本当に悪趣味だな。こんなことしなくても、治せるだろう?」
「えーどうせなら楽しい方がいいじゃないスか。」
浦原が唇を当てた所はきれいに傷が消えていた。手首から始まり、順にその箇所は上に移動していった。
「この、変態エロ商人が…」
悪態が口をついて出たが、その惚けた表情を崩す事は出来無かった。
「何とでも。あなたは子供の面倒を見なきゃならないでしょ?
あなたの面倒はアタシが見ますよ。」
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「…治療代を払わねばならんな。」
結構な額ですけど、大丈夫ですか?と浦原は告げる。
「…分からん。」
昨夜の奴の給金を調べようと伝令神機を取り出した。検索すると、間もなくそのデータは出て来た。
―――リフレクト=強烈な光で相手を包み、その時一番心を占めているものを映し出して、幻惑し、捕食する―――
一護はあの時虚に向かって、私の名を呼んでいた。濡れ事を中断したせいか・・・
それにしては、私ときたらどうだ。
苦笑いがこみあげてきた。虚に、こんな風に自分の心を見せつけられるとは。
「…悪いことをしてしまったな。」誰に言うでもなく、言葉が零れた。
070728